2012年8月30日木曜日

雑誌『VERY』の読者イベント「VERYママフェス」にて、トークショーにお誘いいただきました。


ご来場くださった読者の皆様、お声をかけてくださった編集部の皆様、どうもありがとうございました。

2012年8月3日金曜日

No.32 国際協力の現場から:復興は、小さな幸せの積み重ね



 このところの朝の日課は、ブルーベリーをヨーグルトに入れて食べることだ。このブルーベリーがめっぽう酸っぱい。なぜ好んで食べるかというと、猫の額ほどの実家の庭に実ったブルーベリーだからだ。最初の年は、5粒ほど口に入った。なるべく大きく育ち、木についたまま熟すのを待っていると、収穫直前に鳥に取られてしまう。だから、手に入ることすら貴重なのだという有難い話付きだった。去年は10粒ほど。鳥よけのネットをかけて守ったが、余り生らなかったらしい。三年目の今年は、日課として食べられるほどの大収穫で、酸っぱい味もまた格別、ということなのだ。


 大災害や紛争は、こうした小さな幸せも根こそぎ奪ってしまう。そんな現場では、「復興とは」「自立とは」とそれぞれに自問し続けながらの復興とその支援が続く。


 そもそも復興には元に戻すという意味がある。幸せな暮らしを送っていたなら、全てを元通りにしたいと本人が願うのは当然だ。支える我々もその思いをサポートしたいが、現実は厳しい。全てを元通りにはできないし、元に戻せないなら過去の幸せを礎にして新しい未来を築き上げるしかない。では、何を目指して、どこに向かってゆくのか。


 「平和とは明日の計画を立てられること」とは、紛争中の国で出会った10歳の少女が教えてくれたことだ。当たり前の様に今日の延長線上に明日があるような錯覚を持ちながら暮らす私たちは、その延長線が突然断ち切られた時に、途方に暮れて立ちすくむ。途切れてしまった所からは、360度全ての方向に線を引くことが可能だ。これが、新しい線を引くことを一層困難にさせる。『全てが可能だったら何がしたいですか?』線を断ち切られていない人にとって、こんな質問は夢を語る作業につながる。よるべないままに線を引こうとする人々は、この質問に失った全ての大きさに暗い気持ちを深めることもある。
 『元通りに』と言う時、被災された方々は、多くを求めてはいない。穏やかで小さな幸せに満たされた暮らしを取り戻したいだけだ。確かに明日が来ると思えること。その明日に向かって一歩一歩、歩を進める勇気を持てること。それを支える人と絆を結べること。そんなところに小さな幸せはある。その積み重ねの上に想像したこともない未来が広がっていると、一歩を踏み出したときには信じられなくても、小さな幸せの積み重ねの上に、未来は広がっている。元に戻れないなら、昔よりよくするしかない。誰も行ったことのないその未来へ、一歩を踏み出す勇気を支えることで、復興が進んでゆく。




(写真:アフガニスタンで実施をしている、学校の先生への衛生教育。
「次は、わたしが教える番だから」。
どの先生も真剣な眼差しです。)




(ニュースレターNo.50より転載)

2012年6月25日月曜日

支援者の集いが、無事に終わりました。


ご来場いただきました皆さま、遠く不便な会場にもかかわらず、お越しくださいまして、ありがとうございました。

この日は、亀山石巻市長がおいでになり、支援者お一人おひとりと談笑されました。

残念ながらお会いできなかった多くの支援者の皆さまへ、感謝をこめて。

今後とも、JENの活動へ、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくおねがいいたします。

2012年5月30日水曜日

インターン2名が卒業しました


ウクライナ出身の大学生、そして、企業勤務を経てマイクロクレジットを研究中の研究生。二人が同時に卒業しました。 

JENでは、インターンを募集しています。くわしくは、こちら

2012年5月2日水曜日

No.31国際協力の現場から:一歩の大きさ




 JENの東北支援は石巻市を中心に実施している。たった一つの市なので、とても小さな地域に限定しているように思われるかもしれないが、どうしてこれが、宮城県第二の都市。だが、本当に驚くのは、その多様さだ。海、丘、山林、平地と多様な地形に、多様な産業が展開し、被災状況も多様だ。その一部に牡鹿半島がある。石巻市全体の人口からみれば、約30分の1であるのだが、牡鹿半島にある33の浜は、それぞれに個性豊かな浜となっている。

 状況が多様であれば、復興も多様にならざるを得ない。各浜にあるコミュニティの意思を尊重し、そこにある資源を活かして復興の計画を立てていかなければ、復興が進んでも人々は幸せと感じられないだろう。同時に、現実的に考えれば、石巻の30分の1でさえ33通りの取り組みが必要だと仮定したら、東北全体では、気の遠くなる様な数の取り組みをしなければならなくなる。そんなことが本当に可能なのか、と思いそうな時、アメリカの大学生たちから声をかけられた。

 アメリカに留学していた一人の学生が、ある日、東日本大震災の被災者支援をしたいと考えた。イベントをしようという彼の話に賛同した友人が、これを企画書にまとめてニューヨークに遊びに行った。同じ頃、別の大学でも一人の留学生が、東日本支援のためにTシャツを販売した利益を寄付することを思いつく。彼もこれを企画書にまとめて、たまたまニューヨークに遊びに行った。この二人が友人を介してニューヨークで知り合い、企画書の交換をしたところからイベントが本格化した。結局、12の大学を巻き込んでTシャツを販売し、5つの大学で講演会を実施する、という大イベントに発展したのだという。この講演者の一人として招かれたので、行かせてもらって驚いた。どの大学でも推進する学生が皆とても熱心で、聴衆も真剣そのものだったからだ。4泊7日で5か所で講演するという強行軍だったが、皆さんの熱さにずっと感動し続けていた。彼らは、我々が帰国してからもTシャツを販売し続け、寄付額を増大させ続けている。

 初めは一人のアイデアが、周りをどんどん巻き込んで新しいことを起こしていく。これは、支援の現場でも同じだ。千里の道も一歩から。一人の力は小さいけれど、みんなの力はとてつもなく大きい。どんなことだって起こせるだろう。ただ、みんなの力は、最初はどこにも存在しない。一人の力がみんなの力を作っていくのだ。自分が最初の一人であるかどうかも、問題ではない。同じ目的を持った人たちとは、必ず出会えるからだ。一歩を踏み出し、語り、巻き込む。その繰り返しが大きなうねりとなり、世界を変えていく。一人が一歩を踏み出した時、既に世界は少しだけ変わっている。



(写真:池谷・入山集落の村人たちが訪れた幾つかのコミュニティ。
温かい湯気とおいしそうなご飯のにおいが立ち込める中、
人びとは、おにぎり片手に石巻の復興について熱く語り合いました。)

(ニュースレターNo.49より転載)