2012年1月31日火曜日

No.30国際協力の現場から:ボランティアは今、何をすればいい?

 今回の東日本大震災では、日本人の助け合いの精神が外国から大いに評価された。日本中から被災地に物資が届き、ボランティアも駆け付けた。我々NGOは、緊急事態があれば出動するのがいわば仕事なので、駆けつけて当然だが、まだ雪のちらつく中、テントと食糧だけでなく飲み水まで持参して、長期間無償奉仕を続けるボランティア達の献身は、あっぱれというほかない。共に現地で支援に従事する我々でさえ、彼らの姿に勇気づけられたのだから、家を流され、家族の行方を案じている人々にとっては、どれほどの励ましになったことだろう。




 極寒の被災当初のみでなく、春、夏、秋と、彼らは活躍を続けている。その原動力は厳しい現実に立ち向かう被災地の方々の笑顔だろう。二階の床まで浸水し、厚さ25cmの汚泥がまんべんなく入りこんだ自宅の片づけは、ボランティアなしではとても無理だった。被災された方々がありがとうと微笑む時、ボランティアの顔が輝く。誰かの役に立つことが、限りない喜びとなり、続けたいと思うのではないだろうか。



 実はそこに、これからの支援のヒントがある。誰かの役に立つことで、人が生きる意味を再発見できるならば、それこそがまさに被災された方々が求めていることではないか。家族、財産、友人、仕事、思い出の場所、描いてきた未来、ありとあらゆるものを失った方々こそ、再び命を輝かせることを必要としている。



 だから、これからのボランティアは被災された方々の世話になろう。



 大震災の前まで東北から無意識にもらっていたものがたくさんある。あなたが作った牡蠣を、ワカメを、あなたが加工した漬け魚を、早く食べたいと言おう。民宿に泊まり、現地のごはんが美味しかったと伝えよう。現地で作れるもので、私たちが本当に必要としているもの、それを探し出して要望しよう。「してあげる」でなく「してもらう」それがこれからのボランティアであってほしい。
 その為には現地に行き、私たちが日々必要としているもので被災地にあるものは何かを確認する必要がある。繁く足を運び、現地の方々と話し合い、よそに住む自分の問題の解決を要望しよう。彼らには、その力がある。そういう声に背中を押されて彼らは底力を発揮する。極限的な状態にある時、人は自分のためには頑張れないが、自分以外の誰かのためになら頑張れる。有難うといわれる気持良さを手渡して、被災された方々の底力を引き出す努力を我々ができるかどうかが試されている。




(写真:数ヶ月前までは面識がなかったご近所さんも、今は、同じ思いを共有する良き仲間)



(ニュースレターNo48より転載)

2011年10月20日木曜日

No.29国際協力の現場から:急がば地元主導




 日本で暮らしている人なら、日本が地震多発国であり、火山の噴火、風水害など大災害が起きる国であることを知っている。阪神淡路、中越、奥尻、中越沖などでの甚大な被害も記憶に新しい。それでも、日本がこれほどの支援の受け入れ国になると鮮明に意識していた人は少ないはずだ。9月14日時点で124の国・地域・機関が、175億円を超える寄付や物資を3.11の支援のために日本国に寄せてくれた 。因みにJENが現在も支援を継続しているアフガニスタン、イラク、スリランカ、スーダン、パキスタンなども支援国として名を連ねてくれている。日本も立派な『被援助国』となった訳だ。日頃の恩返しと喜んでばかりいるのではなく、この支援をいかに効果的に活かすかを考えて、今後のより良い支援のモデルとなるような取り組みがしたいものだ。実際、誇れない意味でガラパゴスと言われる『先進国日本』での支援も、支援という意味では極めて似通った問題をはらんでいる。

 一つは、復興支援の在り方だ。

 今回の被災地の中で、震災前から経済的に苦しんでいた地域は多い。その状態が構造的なものであるならば、その構造を変えない限り復興を進めても未来は明るくない。災害の前から駅前はシャッター通りと呼ばれ、郊外の大型店には人が集まるけれど街中のお店には活気がないが、個々の企業の涙ぐましい努力によって街が支えられている。そんな街では、日々の暮らしを支える緊急支援は確かに必要だが、長く続けすぎれば依存を生んで、問題は解決されず、却って元々地元にある底力を弱めてしまう。世界の復興の現場でも、根本的問題である構造の変革に取り組まない支援は、状況を悪くしている。構造に取り組むことは簡単ではないが、独創的な解決方法を生み出し、実施して効果を上げ、モデルとなることができれば、世界の復興支援の質の向上にも貢献できるはずだ。

 もう一つは、その取り組みの在り方だ。独創的な解決方法は、現場を熟知することで初めて可能となる。なぜならば、成功のカギとなるのは、継続的に関わる人々の熱意と人手と資源だからだ。資源は必ずしも資金ではないが、現場を熟知しているにも拘らず被災された方々は、自分たちの持っている資源(宝物)に気づいていない場合も多い。悲しみと喪失感と生活苦と将来への不安が、被災前より更に、宝物の存在を見えづらくさせている。そこで『よそ者』である我々支援団体との関わりなどを通して宝物の再発見をすることになるのだが、自ら気づかない限り、宝物も有効活用しづらいのだ。既に言い古された感すらある『地元主導』を辛抱強く推し進めるという取り組み方が明るい未来を約束する。こんな当たり前と思えることを進めることは、現実には易しくない。急いで生活再建を進めないと、復興の担い手である地元の人々が流出してしまうからだ。辛抱強く自立支援を急ぐ日々が、現場では続いている。

(写真:輪になって座って、お茶を飲む。ただそれだけで会話が弾む。)

(ニュースレターNo47より転載)

2011年7月5日火曜日

No.28 国際協力の現場から:意外と地道な緊急支援(支援の遅さについて)




東日本震災支援のための日本赤十字社(以下日赤)への義捐金は、とうとう2,500億円を超えた。236万件というから単純に日本の人口で割ると18%の人が募金をしたことになる。JENにも、1万893件の募金や物資のご寄付や労働力としてのご支援、そして助成が寄せられ、地震発生直後から多くの支援活動を実施させて頂くことができた。本当に有難いかぎりだ。

その義捐金が中々配布されないという批判を耳にするが、早く配れるための方策は単純だ。具体的な配布は市区町村の役場が行っているので、既に200%頑張っている役場のサポートを効果的に行えばよいのだ。ただし、日本中の役場から被災地の役場へのサポートは既に可能な限り実施されている。つまり、被災地の役場のニーズにまったく届いていないというのが現状だ。

東日本大震災の支援活動を行っている人々も団体も、みな一様に人財不足で苦しんでいる。多数のボランティアが現地に行ってはいても、長期間滞在しなければ、作業でない部分の仕事は担ってもらいにくい。作業を実行する人手としてのボランティアの存在も大切だが、仕事の仕切りができてある程度長期間現地に張り付くことのできる人財が圧倒的に足りていない。役場の場合は、個人情報や現金を扱う仕事に長期ボランティアを従事させられないという考えもあるのだろうが、支援が迅速に進み、且つこうした治安対策もできる、という方向を考えることが重要だ。

われわれNGOの現場での仕事も同様に、一つ一つの仕事を丁寧、且つ迅速に行うことが求められている。JENが石巻で実施している仮設住宅への生活必需品搬入事業を例にとってみよう。

まず、調達だ。迅速且つ効率的に大量の物資を調達するには、大量発注に応じてくれる業者さんに頼むのが一番早く、コストも安い。一方、かなりの量の物資は全国の善意の市民から市区町村の物資倉庫へと送られて放置されている。これを活かして無駄を省く努力をすると、購入代金も多少減るだろう。だが、これを活かすためには誰かが仕分けをしなければならないが、量も多く種類もばらばらで実際に仕分けして見なければ、活かせるものがどれ位あるのかもわからない状態だ。

JENでは、被災者の方々をアルバイトとして雇い、仕分けをしていただくことで日当を稼ぎ出してもらうことにした。膨大な量の仕分け作業を被災者の方のための『収入創出事業』に変えたのだ。

仮設住宅に生活必需品を搬入する事業を実施している、と言うと一軒当たりいくらかかるのかをよく訊かれる。実際には、仮設に入れる抽選に当たった人の家族構成によって一軒あたりの費用が当然変わってくる。家族の人数によって、そろえる数を変更する物資もあれば、何人家族でも入れなければならない物資もあるので、柔軟に対応する必要がある。その上、仕分けた支援物資をどれほど入れられるかがわからないので、購入費は大きく幅があるのだ。

搬入作業も、業者さんに依頼して、各戸に人数分を入れてもらう形にすれば楽なのだが、きめ細やかにすることで、被災者の方の収入にもなり、物資を寄付した方の善意も報われ、倉庫が一杯で苦しんでいる役場のお手伝いにもなる。

そして、生活必需品を搬入する際、入居される被災者の方へのささやかなメッセージを残している。見ず知らずの人々と軒を接して住まなければならなくなった人々が、温かく仮設住宅に迎え入れられたと感じてもらえるように。

急いで、しかし丁寧に。究極の選択が連続する現場は、東北でもまだ始まったばかり。復興までは、まだこれから気の遠くなる様な長い時間がかかる。

(写真:ボランティアの手により、側溝から泥を除去する作業が急ピッチで進む)

(ニュースレターNo46より転載)